また欧羅巴には程遠い週末になってしまったように

世俗、あふれる世俗におぼれてしまうことに恐怖を覚えている。

くだらない。くだらないことから抜け出せない。

テレビで流れていること、スマートフォンのいつものアプリケーションから流れてくる情報、すべてくだらないのに。そこから抜け出せない。

ほんとうに悩んでいる。くだらないテレビ番組を見て、すばらしい文化の溢れるNHK教育テレビの「クラシック音楽館」を少し見逃してしまった。ヤナーチェクコダーイ、とメンデルスゾーンは、今流れている。すばらしいメンデルスゾーンの「無言歌」みんなは知らないんだろう。無言歌がどれだけすばらしい旋律にあふれている「無言歌」なのか。世の中にはくだらない「言葉」が載せられた曲が溢れている。どうでもいい歌詞。どうでもいい希望ばかりの、夢想のかけらものない、どうでもいいものばかり。

民放の素晴らしい番組「題名のない音楽会」でサン=サーンスの音楽の特集がやっていたことなんて、誰もしらないんだろう。サン=サーンスがどれだけ素晴らしいのか、知らないんだろう。すばらしいメロディ・メーカーであるということも。

 

もっとも、くだらないのが今、自分がやっている仕事。仕事というものを本当は全くやりたくないのに、やるしかないからやっているくだらない。こんな自分が情けなくて仕方がない。のに、そこから抜け出す術に対しての努力も今はできていない。

このままだとよくない。それもわかっているのに。

 

くだらないものから、全て抜け出したい。

 

一歩一歩、そこに近づけるように、したい。

このままでは、だめだ。

 

なんでこんなに自分はスラスラ言葉が出てくるんだろう。なんて簡単なんだろう文章を作るというのは。曲は、前に思いついたものしか、もう浮かんでこないのに。

こっちの方が、自分には向いているのではないのだろうか。そんなハズはないと思いたい。思いたいのに。

即興でピアノを弾くことは変わらずできている。既存のフォーマットにあてはまらない素晴らしい音楽がある。どうだろう。ポエトリーリーディングなんてよいのかもしれない。ピアノにあわせて。そんなの誰もきかないだろう。それでもいい。憂さ晴らしのために、なんでもやるんだ。ちくしょう。

おわり