チーム21

いろいろ閉塞的な毎日になってしまった。とてもよくないと思う。自分に非があったことは間違いない。それでもまだやり直したいという気持ちはどこかにある。

まだやり直したいこと、それはもう決まっているけれども、まずは自分の生活をなんとかしなければいけない。いろいろ決断が迫られている。もっとズルい、と思ってしまうけれども現実的にはそうするしかないので、それを選択しようと思う。

来週にひåとつの結論が出る。それをとりあえず待つことにしよう。まあ、どのみち働かなくてはいけないのだ。イヤでもそう。そしてまだ時間はある、本当はない。今すぐにでもお金を得るために働かなくてはいけない。ほんとうにつまらない毎日なってしまった。

東京に来て、ライブに出たこと以外、何もない生活になってしまった。映画も見ていない。観る余裕がない。自転車ですぐ行けたところに最高の映画館があった、そんな生活ではなくなってしまった。

ここはどこにいくにも近くて遠い。つまらないことだと思う。ちょっと我慢すればいい。頑張って移動をすればいいだけなのに。

近くの100円ショップには、何も売っていない。ろくなものがうっていない。自転車で行けた広いダイソーみたいなものは、ここにはもう無い。都内に住んでいたころ、普通に働けていたころには、100円ショップなんて行かなかった。キャンドゥが近くにできてたまに行っていたけど、それは貧しくなってからだった。

本当はそんな貧乏くさいところに行きたくないという、哀しいプライドがどこかにあるのだと思うと、恥ずかしくなる。

でも今日はまだマシな100円ショップを見つけた、でもぜんぜんなかった。買ったのはゴミ箱だけ。小さいもの。これでは収まらない。ゴミみたいなものだ。ゴミみたいなゴミ箱。どうしたらいいんだろう。

ほんとうは隣駅にキャンドゥがあった。小さいところ。Googleで観る限りは。何が今、欲しいのか、わからないけど、行く必要があるのかもしれない。

そうだ、ライト用の電球がほしい。コンビニエンスストアではLEDのものしか売っていなかった。とても高い。買えない。ローソンにもミニストップにもそれだけだった。700円も今は出せないなんて、哀しいけれども。それでも「食うにこまる」という事がないだけ、マシなのだ。

 

このようにひたすら貧しさを訴えることがいかに恥であるかということは、重々わかっている。でもそれがいまの僕の全て。音楽なんてあまり聴かなくなってしまった。

Apple Musixで60年代のソフト・ロックのプレイリストなんて聴いてみるけど、音世界と自分の世界のあまりの差に、哀しくなって聴くのを止めた。

貧すれば鈍す。まさに今はそれなのだろう。哀しい。なんとか打開したい。この現状を。

 

僕は人並みの生活を送りたいだけ。何も望んでいない。貧しくてもいい。

フリーターの頃、いくらもらっていたかはもう覚えていないけど、契約社員で最初に入った会社で提示された月給を見て、それまでより安いと思った。それは21万円だった。ほんとうにそれくらいしか覚えていない。21万。後に、同じ契約社員の人たちと同じ月給だということがわかり「じゃあ僕達チーム21だね」と僕が言ったら、みんな笑った。そして、泣き出した人もいた。でも笑っていた。僕はそれを見て、泣きたくなったけど、笑った。僕が言ったことが面白すぎて笑ったの、と言っていたけど、泣いていた。

その人は、ほどなくして辞めてしまった。前に働いてた会社に戻ったらしい。有名なゲーム会社だった。なんでそんな人があそこにきたのか、わからなかった。

「チーム21」から脱した時、みんながどれくらいになったのか、僕がどれくらいもらっていたのか、全く知らないし、覚えていない。

 

バブル世代の芸能人を集めて、当時を振り返るという番組があった。そこに出ていた川合俊一が「バブルの頃は、お金のことなんて考えなかった。それよりも今と明日が楽しいことが重要だった」と言っていたのを思い出した。

僕もあの頃はお金のことなんて、考えなかった。それは月給21万でも、そうだった。

 

ほんとうにほしいのは月給21万だけではなく、「チーム21」のようなものがほんとうは欲しい。ほんとうにそう。そんなことを普通に話せるようなことが、今の僕にはなく、必要なのです。